2023/08/02
No. 879
このところ、テロワールというキーワードをいろいろなところで目にするようになった。本来はワインを育んでいる地理的領域を指す言葉であり、生態系に人が手を入れながら地域らしい商品を生み出す姿を前提としている。そこには長年にわたる農環境と生産体制の整備があるのだが、搬出された商品の価値を誰かが評価したことで、世界各地で良好なワインを楽しむ取引が生まれる。そのようにして経済が循環し、テロワールの名が持つイメージとともに価値を安定的に維持することに邁進できたのである。なお、そこではシャンパーニュといった地域の範囲設定は重要なテーマであったようで、産地名称は時に政治的なせめぎあいもありながら形成されている。
そうした経緯は、赤松加寿江・中川理 編著「テロワール ワインと茶をめぐる歴史・空間・流通」(昭和堂2023)に詳しい。最近では、テロワールは、ワイン以外の食品へと広がりが出てきており、それぞれの生産地の意欲や質を高める動きにつながっている。それはしばしば、商品価値を伝えるマーケティングとも連動している。テロワール概念は、まだ定まらない価値をうまく確定させることで、地域産業振興や観光などが進むために、有効にはたらくというわけである。
ワインの場合は、製造施設であるシャトーの建築物と所有するブドウ畑がある風景が、その生産能力とともに重要な要素を占めている。 個別の商品が持つ物語は、このような「小さなテロワール」にある創意工夫のプロセスと一体不可分になっている。ワインは「大きなテロワール」のイメージとともに、小さな固有性をうまく活用する点で先を行く。テロワール概念は食品を中心に広がりを持ちそうだが、建築についてはもともと地域産材を活かすところから始まっているから、域内で生産体制を育成・安定維持できれば応用が可能かもしれない。