建築から学ぶこと

2009/12/24

No. 210

そのひとりひとりの、戦後史

日本の現代は、第2次世界大戦の敗戦から歩みが始まっている。そこで新しい憲法に替わって国の運営理念が定まり、政権が交代しようとも変わらぬ基本ラインが引かれた。同時に日米両国は、お互いの同盟関係を有益なものとして選択している。その一方で、その当事者であるアメリカ合衆国は、存在感を増してきていた共産主義勢力のことを気にかけていた。東西対立の端緒は国内の政治事情にもあったようだが、やがてそれはアジアにおける朝鮮戦争へとつながり、さらにベトナム戦争へと展開する。

結局のところ、日本が戦争に直接関与しなかったことは幸いとすべきである。いずれにしても、アメリカのアジアにおける行動はいろいろな影響を日本にもたらしてきた。建築技術や設計手法の変化もそこに含めてよいかもしれない。アジアにおけるアメリカの軌跡を、冷静に理解しておくことは非常に重要なことである。

私が今年(2009年)読んだ2著はその趣旨に沿うものだった。ひとつは「ライシャワーの昭和史」(パッカード著、講談社)で、駐在国について深い知識を持った外交官として、見事に切り盛りをした反面、組織人として苦しい役割を演じなければならなかったライシャワーの人生を活写している。もうひとつの「ザ・コールデスト・ウィンター/朝鮮戦争」(ハルバースタム著、文藝春秋)では、ひとつのテーマとして、緊迫した状況を見誤る最高幹部たちについて掘り下げてみる。彼らは事態を多角的に捉えることができない。片方で、戦場を入念に描き出すことで、戦場とは複合的な現実であることを理解できていたのは前線の兵士であったというパラドックスを明らかにしている。

すなわち、歴史は人がつくるものだけれども、ひとりの人間がそのすべてを引き受けることは難しいということだ。歴史に学ぶとは、思いあがらずに生きることを学ぶことではないか。われわれは誰かのバトンを確実に受けて渡すのである。バトンの方向の修正はできるかもしれないけれども。

佐野吉彦

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