建築から学ぶこと

2006/12/27

No. 64

境界線をめぐって

第6回大佛次郎論壇賞を受賞した、岩下明裕著「北方領土問題」は、日露が進めるべき交渉について精密な議論と提言をおこなったものである。そのベースとして中露が国境線を確定するまでの両国の煮詰め方についての考証がなされている。落着に向けての重要なポイントは歴史的な経過であり、境界領域の人々の実情と実感であった。そして、一旦国境が定まってしまえば不安定な空気は消え、着実に経済交流などが進んでいったことが指摘されている。岩下の冷静な見方に従えば、北方領土問題はじゅうぶん解ける問題であり、解いてゆくべき問題である。

もうひとつ、国境に関わる問題を扱う四方田犬彦著「パレスチナ・ナウ」は、冷静な視線は保ちつつも、この地の困難な現状を照射する。急いで国境を画定しても問題が解決しないのは、実はイスラエルが単一民族でない現実にもよる。この地の混迷には国内の見えない境界線、すなわち多様性に寛容でないイスラエルの国家理念にも根っ子があった。そこに着目すると、パレスチナを含めてそれぞれの理念をいくぶんでも修正すればこの地域の安定化も可能になってくる、ということを感じさせる。

どうやら、境界線の問題は人と人との折衝の基本なのである。その解決に取り組むことは当事者のみならず、世界の安寧と可能性拡大に資するテーマである。境界をめぐる問題はわれわれの日常にも多々見られるもので、たとえば障害者と健常者のあいだは、境界を引いたり取り除いたりするものではなく、積極的にそれぞれの多様性(個性)と捉えるべきものであろう。学校におけるいじめの問題については、通報や罰則にかかわる議論が先行しているが、白黒をつけるよりも、生徒の多様性をどう認識し、マネージするかが冷静に論じられるべきではないだろうか。

どんな問題も、じっくりと時間と手間をかけることで実りある成果が生まれる。私はそう考えたい。

佐野吉彦

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