建築から学ぶこと

2023/10/04

No. 887

木造の劇場、世界にひらく

大阪・上町にある「山本能楽堂」を3日間お借りして、安井建築設計事務所の建築展を開催した。安井武雄が1924年に事務所を開設した3年後に、山本能楽堂は現在の場所でスタートを切っている。今ある登録有形文化財の能舞台は、戦災で消失した後の1950年の再建であるが、それを内包する建築の改修にも携わった縁がある。そういう所縁で、展示ではさまざまな文化財修復のプロジェクトをクローズアップすることにした。会期中には当主の能楽家・山本章弘氏と私が対談し、能を成立させる演者間の呼吸、それを実現させるための修練や、海外公演をめぐる話などを「舞台」に載せた。そのあと、観客に実際の能を鑑賞していただく趣向があった。観客の中には、これが初めての能体験という人もたくさんいた。それにしても、床が鳴り、声は震え、笛の音は宙に突き出し、鼓が空気を切り裂き、そしてハーモニーが成立するプロセスは見事なものである。
公益財団法人である山本能楽堂は、芸を磨き上げながら、能楽堂で能を楽しもう、というシンプルなメッセージを社会に向けて、次世代に向けて伝え続けている。大阪には文楽もあり、歌舞伎も落語も楽しめる土地柄だが、将来に向けて能が現代都市における時間の過ごし方の重要な選択肢、ということになってゆくのなら、この都の文化力は相当高いと評価されるだろう。一方で、現代における能楽とは決して伝統の棚卸ではない。能の舞は、世界各地にあまたある身体表現との差異で捉えることでその独自性が納得できる。能が演じられる木の舞台を世界各地の木造の劇場のありようと比較することにより、舞台というものの本質に至る感じがする。
山本能楽堂が独立した建築物として上町の一隅にあることの意味、そしてそれが世界に向かって開かれていることの意味はじつは大きいのである。

佐野吉彦

ここで、試みの組み合わせ。

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