建築から学ぶこと

2015/10/21

No. 495

水戸はマンハッタン

もともとの水戸の市街地は東西に延びた丘の上にある。東端に水戸城の本丸が座って、西に武家屋敷が連なってゆく分かりやすいかたちをしている。北の崖下には那珂川、南には千波湖が横たわることで、丘の独立性は際立っている。明治の頃の地図を見ると、丘には南北にいくつか細長い谷の刻みがあったり、偕楽園が南斜面にあったりと、それらはかつて東西にもっと長かった千波湖に間隔を置いてつながっている。今日の市街地は丘を降りて広がっているが、水戸中心部の都市プランとしては、丘と水との関係をもう一度編みなおすことが、街の潜在的な魅力を引き出すポイントであるらしい。

ところで、古地図で見る水戸の地形を縦に90度回転させると、あたかもふたつの川にはさまれたロウワー・マンハッタンに見える。谷の刻みはキャナルストリートのようであり、本丸をバッテリーパークに見立ててみれば、なかなか引き締まった面構えをしている。現在、丘の街には、城址や、弘道館のような歴史的遺構、県庁・三の丸庁舎のような風格ある公共施設などが集まっていて、それらに水戸藩に由来する折り目正しさを読み取ることも可能である。一本筋の通った水戸の物語に、アメリカ建国期の政治家ウィンスロップ(1588-1649)が、良いコミュニティとは「丘の上の町」、つまりいつも敬意を払われるべき町だ、と述べた話を重ねることもできるかもしれない。

そんな水戸で開催された日事連(日本建築士事務所協会連合会)に参加したおりに街を歩いてみると、開館以来25年、創造性の高いメッセージを発信してきた水戸芸術館や、豊富な海・川の幸とともに網目のように広がり活きづく飲食店街など、しなやかさと懐の深さに出会うのは興味深い。この独立丘は、時間をかけて後背地や江戸との交易の結び目となり、人の交わるところとなり、災害に襲われることがあっても、それをうまく乗り越えてきたのである。

佐野吉彦

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