建築から学ぶこと

2024/10/02

No. 936

それぞれの価値を高めた100年

今年は神奈川県川崎市、福島県郡山市、大分県別府市といったところが市政施行から100年。つまり安井建築設計事務所と同じ年齢である。明年2025年は西宮市が100周年を迎えるから、明らかに1924年前後には積極的な気運があったのだろう。交通の要衝にあるこれらの中核都市は、戦争を挟みながら日本の近代産業を牽引する結果を得た。ちなみに、甲子園球場が1924年、京都競馬場が淀の地に移転したのが1925年、寿屋(現・サントリー)山崎蒸溜所の建設が始まったのが1923年で、それぞれの価値は100年にわたって持続した。

さて、西宮市政施行から55年経った1980年、1957年創立のダイエーの売上が1兆円を達成した。ダイエーはすでに神戸の主役であり、1988年に南海ホークスを買収して福岡の主役となる手前である。西宮市夙川に大型店を構えていたダイエーは自らの節目を祝い、また西宮市の55年を祝うべく、市内の夙川公園に55本の桜を贈った。1937年に整備完了した夙川公園は、地域の発意を背景にして夙川流域に設置された長さ4キロの帯状の公園(と道路整備)である。ダイエーのおかげもあって、松の美観で知られた公園は、桜の名所として知名度を獲得する。ダイエーは健在ながら、今は時代の寵児とは言えないかもしれない。でも、桜がこの地に根を張る大きな働きをした。

夙川公園には、その顕彰碑の北寄りに、この地に縁があった松下幸之助が1964年に寄贈した松下記念ホール(夙川公民館)があり、1972年には、下流の西寄りに実業家・大谷竹次郎の自邸の場所に、そのコレクションをもとにした西宮市大谷記念美術館が開館した。いろいろな経緯があるとしても、企業人は文化とランドスケープの種を蒔き、地域の価値を大きく高めたことは間違いない。

佐野吉彦

キャプションは、桜とダイエーの物語。

アーカイブ

2024年

2023年

2022年

2021年

2020年

2019年

2018年

2017年

2016年

2015年

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

2009年

2008年

2007年

2006年

2005年

お問い合わせ

ご相談などにつきましては、以下よりお問い合わせください。