建築から学ぶこと

2009/04/01

No. 175

楽譜に生き、空間に生き

昨年、指揮者の延原武春さんがドイツ連邦共和国功労勲章十字小綬章を受章した。演奏団体「日本テレマン協会」の代表であり、艶のあるオーボエ奏者でもある延原さんの活動の中核には、ずっと18世紀のドイツ音楽があった。受章は延原さんがその普及に努めたからではなく、その音楽を本当に愉悦に満ちて演奏してきたことへの芸術的評価によるものだと確信する。「テレマン」のバッハも生き生きとした響きがあるけれど、「テレマン」によるテレマン(1681-1767)は、本当に楽しそうだ。テレマンという作曲家の魅力を引き出した功績は、世界的に見ても特筆に価する。

延原さんは、テレマンの音楽は古楽器(クラシカル楽器)でやるのがふさわしい、と言う。このところの延原さんはベートーヴェンの9つの交響曲をクラシカル楽器で演奏するなど、ラジカルな取り組みをしているけれど、そうした試みは「テレマン」の本拠であるカトリック夙川教会で聴くと、自然な説得性がある。演奏者たちからは、おおらかな広がりを持ったこの空間を通して自己表現をしようとする思いが感じられる。実にのびやかな音が響いているのだ。

この受章は、日本人指揮者としては故・朝比奈隆さんを含めて3人数えられる。残るひとりはバッハ・コレギウム・ジャパンを主宰する鈴木雅明さんで、バッハ(1685-1750)の教会カンタータや受難曲のすべての演奏と録音に精緻かつ着実に取り組んできた人である。彼の演奏は確かな信頼感があるものだし、指揮する後ろ姿からも、音楽の美しさと流れの鮮やかさへの意図が伝わってくる。メインである東京オペラシティコンサートホールのほか、松蔭女子大学のチャペルでも定期的に登場するが、教会音楽のための正統的な空間での演奏は、彼の活動にとって重要な意味があるのではないか。

実は私は、延原さんも鈴木さんのことを40年程前から個人的に知っている。当時の彼らは今と同じようにパイオニアだった。40年経ってみると、バロック音楽という「マーケット」が彼らによって広がったことがわかる。

佐野吉彦

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