建築から学ぶこと

2024/04/03

No. 912

安井建築設計事務所と建築界の1世紀

現代に生きる私たちは、とかく目の前の困難を乗り越えるためにあくせくしがちだ。だからこそ、歴史に対して「好奇心を持ち、自分より前に生きた人々が世界の意味をどう理解したかを学ぶこと」(*註)が重要なのではないか。とりわけ、明瞭なビジョンに基づいて行動した先達の後ろ姿は、私たちに勇気を与える。たとえば、米国の第28代大統領を務めたウッドロー・ウィルソンは、第一次世界大戦後の世界平和を導く国際機構を構想し、1920年の国際連盟創設という成果につなげた。国際連盟は、結局は非力ではあったし、彼自身の当時や後世の評価も分かれる。だが、現実の困難を理念によって乗り越えようとしたことには敬意を払いたい。
そのころ、10年にわたる満鉄勤務を終えた安井武雄(1884-1955)が大阪にやってきた。1919年のことである。前年には大阪中央公会堂が完成するなど、大阪では都市整備が活発に動いていた。その中心にいた建築家・片岡安のもとで安井は働き、1924年の春に独立を果たした。市街地建築物法(建築基準法の前身)の運用が始まった大阪を基盤にして、明瞭な造形を自らの名において生み出す時代が始まる。正確に言えば安井武雄は明瞭な意思を持った事業者のために、建築のプロとして明瞭なかたちを持って応えた。その基本認識は満州の地で育まれたビジョンだったかもしれない。幸い、それから時を経て、安井武雄の当時の作品は所有者が変わらず健在である。企業の意思が建築というテキストの中に宿り続け、事業者の体幹を支えているのは嬉しいことである。
そして安井の独立から100年。私たち安井建築設計事務所の現在は、創業者の作品の系譜に連なっているというよりも、建築の専門家が社会に果たす明瞭な役割を実証し続けた手堅いプロセスに連なっていると言えるだろうか。その意味で、節目の慶びは建築界とも分かち合いたいと思うのである。

 

*註:西崎文子「アメリカ外交の歴史的文脈」(岩波書店2024)

佐野吉彦

1世紀を越えて。

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