建築から学ぶこと

2015/06/10

No. 477

コンバージョンのなかにある物語

1966年に村野藤吾さんが設計して完成した「千代田生命保険相互会社本社ビル」は、後年、目黒区の所有となり、この豊かな敷地と建築をそのまま活かして2003年に目黒区総合庁舎に改修された。その経緯について、改修に携わった設計事務所として語る機会を与えられた(「コンバージョン設計者が語る目黒区総合庁舎」―主催:JIA目黒地域会―:6月3日)。この機能変換は、<大企業の組織体系+豊かな福利厚生施設>を<行政の部門系列と市民のためのラウンジ>に程良くスイッチし、合目的に設計された新築ビルにはない、随所に人だまりがある公共空間を生みだしたものである。たぶん、外観の維持・エントランスの改良・耐震改修・議場の新設・「村野階段」の法適合化などのメニューが自然にまとめあがったのは、村野さんによる平面計画やディテールが、細かに空間を切り替えることで形成されていたからでもあろう。

その細やかさに比べて、アルキャスト版で構成された外皮は、清冽なモダニズムながらも堂々とした姿をしている。いつも思うのだが、この立面から平面計画を想像することは難しい。千代田生命本社ビルにはこのような魅惑的な不整合が至るところに登場するが、公共施設に転換されたために、建築に潜む豊かな物語がわかりやすく浮かび上がることになり、目黒区民はじめ広く関心を呼ぶことになった。ここは単なる伝統的建築物改修とは異なる興味深い点である。

村野さんは93年の生涯を通じて多様な解答を世に問うてきた。逆に言えば、社会のニーズや建築のスタイル変化にうまく対応してきた、というべきか。目黒での仕事はその時代の世界の建築の動きに「乗っかった」イキのいい名作のひとつである。実はこの建築を残した意義は、かつて千代田生命という企業が存在し、村野さんにこの地の仕事を委ねた歴史を立証する点にもある。コンバージョンというパターンでの延命は命拾いに近い幸運であったが、結果として、地域の物語に厚みを加える成果をもたらした。安井建築設計事務所は得難い仕事に出会ったものだと思う。

佐野吉彦

アーカイブ

2024年

2023年

2022年

2021年

2020年

2019年

2018年

2017年

2016年

2015年

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

2009年

2008年

2007年

2006年

2005年

お問い合わせ

ご相談などにつきましては、以下よりお問い合わせください。