2022/11/23
No. 845
沢木耕太郎の新刊が出た。この作家と出会ったのはまだ学生時代だったが、いまだに飽きることはない。ずっと一緒に併走して、同じ時代の空気を吸ってきた感じがする。私にはとりわけ、彼の長編と肌が合うのでそれはすべて読んできた。そこでは、沢木耕太郎は、一人の人生と向きあうなかで、自分の人生と重ねあわせたり、突き放して眺めたりしながら、時間をかけてゆっくりと肖像を描いてゆく。そして読み終えたとき、読者は静かに問いかけられている。あなた自身は答えを探り当てたのか、まだそれを探す旅の途上なのか、と。
最新作「天路の旅人」(新潮社2022)が扱うのは西川一三という人物で、終戦直前に、中国から内蒙古とチベットを経てインドまで、8年をかけて旅をした。西川が自らまとめた分厚い手記に込めた思いを受けて、沢木が時の流れに沿って解き明かしてゆく。西川は僧の姿を借りた密偵として旅立つのだが、その困難な旅の背中を押したのは、西川の中にある、自分に対する誠実さである。そこは沢木耕太郎がずっと追いかけた様々な個性に共通するテーマでもある。
「天路の旅人」は、もちろん人間・西川一三への関心に始まっており、今日の中華人民共和国に属する地域を描くことが先だったわけではない。しかし当時も今も、西川の旅したルートは、様々な民族が行き交い、諸宗教が緊張感をはらむ微妙な地域である。それらの記述が興味深いだけでなく、同行する家畜のバリエーションや植生にかかわる記述、寺院や集落の形態に及ぶ記述も丁寧である。結果として、この地域が宿している基本課題への理解が深丸という次第である。
もっとも、沢木耕太郎は決して政治主張あるいは時代批評のような意図はにじませようとはしない人である。この先はご自身で続きをお調べください、それもまた旅のようなものだから、と語りかけているように感じる。
秋の旅路。