建築から学ぶこと

2009/11/25

No. 206

私学には「私」に根差す魂がある

土佐中・高等学校の新校舎の竣工式の早朝、高知の街を40分ほどジョグした。城址に駆け上がり、鏡川を渡って筆山の縁を辿り、まだ静かな校舎を周回し、内藤廣さん設計の高知駅を経由する。視界の変化が快いのは、どうやらいくつもの川を越えたからだろう。この街の江戸時代は、まさしく暴れ川を平定・整備したところから統治が始まった。河川港湾や高知城など、この地のランドマークや土木構築物は、そのような「気概」の痕跡を留めているように思われる。学生時代に、高知出身の友人が、土佐弁に現在完了形があることを自負していた記憶があるが、この地は、揺るがぬ言語基盤の上に、幕末以降に起こる変革の契機が育っていたということだろうか?

その彼が卒業したのが、2010年に創立90年を迎える土佐中・高等学校。街のほぼ中心にある現敷地にずっと腰を据え、文武両道を掲げてきた名門私学である。川崎幾三郎と宇田友四郎という、数々の社会基盤を生み出した大実業家が設立したこともあり、この学校の理念は、「在野の気概」に充ちている。だからこそ「気概の景観」と「自負の造形」とともに、同じ場所で教育を継続してゆくことに、重要な意味がある。ちなみに、戦後すぐに共学となったものの、バンカラな空気が漂う校風だ。そこにも揺るがぬものが感じ取れる。

さて、初めて旧校舎を訪ねたとき、同じ私学、同じような齢の灘高校の持つ匂いと似ていることに気づいた。でも、いま建築に託されるメッセージは異なる。灘高校校舎がプロポーションの継承によって意識の連続を図ったのと比べて、土佐のデザインは、造形を明瞭に表現し直すことで固有の精神を受け継いだものである。建築の方法の違いは、それぞれの教育にある魂の違いと大いに関係があると言える。

佐野吉彦

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