2019/04/03
No. 666
音楽のセッションでは、音をめぐるさまざまなコミュニケーションが生まれている。たとえばプレイヤー同士のやりとり、楽譜や楽器との向きあい。しかし本番の幕が上がる前にこそさまざまな面白いできごとが起こっている。先日、あるオーケストラのゲネプロ(直前リハーサル)に立ち会う機会があった。演奏者たちは、慣れないホールの響き方・バランスを確認したり、いくつかの曲の冒頭の十数小節だけを演奏したりして、音の大きさ・強弱のベースを作っていた。全員で共通の感覚を身体にしみこませている。ここから先、本番が始まると、今度は聴衆が響きに触れてときめくことで、コンサートの空気をつくるための新たな協力関係が生まれてくる。そういう順序があるのだ。プレイヤーが個々に鍛え保有してきた技術が多くの人によって「時間をかけて」共有されてゆくプロセスはなかなか興味深い。似たような素敵なことはスポーツでも起こっていると思う。たとえば大関昇進を決めた貴景勝の、3月場所千秋楽の大一番での確信に満ちた押し相撲は、もちろん彼が磨き上げた集中力の賜物であるけれども、当日その瞬間に至るまでに土俵を見つめる観衆との間で熟成された一体感が後押ししたとも言える。
さて新しい年号が「令和」と決まり、気分も改まった4月は、入管法の改正によって外国人就労の道が広がったことに注目しておきたい。これまでも現実には流れが進んできていたが、彼らが一時的でなく長く日本に定着し、この国の未来や文化を一緒に作ってゆく良い関係ができるといいと思う。日本が、さまざまなハンディを持った人たちを包摂しながら再発展する時代になることを期待したい。そのために、彼らの生活を支える学校や文化施設、医療福祉施設のような、人と人をつなぐ施設が果たす役割は重要になるだろう。それは「時間をかけて」相互のコミュニケーションを誘い出す施設に他ならないからだ。