建築から学ぶこと

2012/10/10

No. 345

その場所が待っているもの

東京駅丸の内駅舎がリニューアルオープンした。ようやく、歴史的価値も、文化財としての価値も兼ね備えた建築が、本来の貌に復元されたわけである。皇居や丸の内街区の正面玄関の化粧直しは、この場所の価値を一層高めるであろう。事業者や建築関係者は大いに手応えを感じているに違いない。そこで、考える。この快挙は鉄道駅としていったいどのような意味を持つのだろうか。

かつて東海道本線に一日数本の直通特急(「つばめ」あるいは「こだま」)が走っていた時代までの東京駅は「待つ場所」だったはずである。午前7時に乗るために大支度をし、駅に着けば赤帽に荷物を運ばせて発車をゆったりと待っていたのだ。到着を待つ楽しみもかつてはあった。しかしもはや、ほとんどのVIPはそのような時間的余裕では動いてはいないだろう。東北新幹線が東京駅に延伸し、東海道新幹線に品川駅が新設されるなかで、東京駅は効率的な乗り換えポイントに変化してゆき、利用者もその感覚のなかで動いている。

じつは、私はこの1年半のなかで、2度ほど東京駅で2時間(余)滞在を余儀なくされたことがある。いずれもいつ動くかわからない東北新幹線を待っていたのだ。こういう「不運」は大雪大雨の地方駅でよく遭遇したことがあるが、そのあいだに待合室から雪空を眺め続けた時間は、悪くない記憶だった。しかし、たくさんのレストランがあるわりに、東京駅はあまり待っていて楽しさは感じない。どうも、この良くできた商業空間は日常のバランスが崩れたときには対応しにくいと見える。

当然ながら、鉄道の主役は列車運行だ。それがデジタル化すればするほど、駅におけるゆったりとした時間は軽んじられる。新しい丸の内駅舎の成果は優れた功績だが、それが列車を待つ楽しみと呼応してこそ、復元したことの意味はある。もしそうならないのなら、駅の定義は見直されることになるだろう。

佐野吉彦

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