建築から学ぶこと

2021/06/30

No. 776

見識のある仕事に向きあって

大学時代に都市計画の設計課題が出たとき、ミルトン・キーンズの名前を初めて知った。イギリスが1946年のニュータウン法に基づいて次々と建設した居住近接都市のひとつで、この計画はロンドンから北西に80kmと大きく離れた郊外である。1970年代に建設が進んで注目を集め、今も維持管理が行き届いていて、大きな存在感がある(タウンエリアは約89km²)。そのドローイングを見ながら、同級の3人のチームは、この計画にある歩車を分離するシステム、機能に合わせた棟配置などを参考にしたと記憶している。ちなみに現在のように緑が自然に育つ姿にはまだ達していない70年代後半のことである。目の付けどころは今とは違っていたかと思う。

ところで、安井建築設計事務所の東京事務所は、ある時期に市ヶ谷駅前の山脇ビル(1974竣工)に入居していたことがある。それは吉村順三さんの設計で、押し付けがましいところがなく、エントランスフロアが地上から少し浮いた感じで、軽やかな切れ味もあり、横長の窓から空が綺麗に見渡せた。このビルは同じ吉村さんによる愛知県立芸術大学キャンパスの骨格ができあがった時期にできている。権威的なヒエラルキーがないこの大学キャンパスには、どこまでも自然に人を誘うところがあって、それまでの大学とはちがう伸びやかさを持つ。そんなところは両者、香りが同じである。

吉村さんによるこれらの仕事はモダニズムの範囲にあると言えるが、そこから一歩先に進もうとしているようだ。モダンの言語を使いながら、時間をかけて風景と上手に溶け合うこと。愛知県立芸術大学は時代の意識や未来の描き方において、ミルトン・キーンズと共通しているかもしれない。そして、実際にいい歳の取り方をしていて、そういうところは見識のある仕事と言えるだろう。

佐野吉彦

愛知県立芸術大学講義棟

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