2010/10/13
No. 249
先日、田村誠邦さんの日本建築学会賞受賞を祝う会が、本郷の求道会館で開かれた。対象は2010年度の論文部門、「ストック時代における居住者参加型集合住宅供給の実現プロセスに関する研究」である。彼は、コーポラティブ方式を使った集合住宅建設・再生ですでに業績部門の受賞者に名を連ねている。この日の会場・求道会館と寄り添う求道学舎の再生はそのひとつ。今回、こうした粘りのプロセスを通して明らかになった課題と可能性を分析したことが評価されている。
ここでは難解な理論が練り出されているわけではないが、田村さんは本来「異なる物語」を組み合わせているのだと思う。まな板の上には住宅供給論があり、不動産の価値に関わる判断があり、歴史的建築(景観)保全がある。これに居住者が参加する集合住宅建設というダイナミクスが重なってくる。それらをきちんと捌いてまとめあげる役割を、田村さんの身体が果たしているというわけだ。
この日の私は、会場に向う途上でポール・オースターの近著「オラクル・ナイト」(原著2003、翻訳2010)を読んでいた。「異なる物語」が交差・衝突したかと思いきや、それはひとつのサイコロを構成する面であったという、オースターらしい世界が展開(転回)し、完結する。ここで明らかにされているのは、自らの発意で新たなページが開き、自らが対象を選び取ることによってこそ新たな現実が始まるはずという前向きの確信である。
田村さんの取り組みも、オースターという「主体」が物語を出会わせているのと同じように、彼の「主体」が呼び寄せた物語群であると言えるかもしれない。さらにそこで、集合住宅の居住者の思いひとつひとつをプロセスに丹念に編みこもうとしている。それは彼が住まいとは本来そうした「思うところに立脚すべきもの」と考えているからにちがいない。その確信が困難を切り拓いている。