建築から学ぶこと

2019/03/06

No. 662

思想の体幹がある人

以前紹介したことがあるが、政治外交史家の五百旗頭真(いおきべまこと)さん(1943-)に、重厚な味わいを持つ著書「占領期 首相たちの新日本」(講談社学術文庫)がある。氏に、そこに登場する、戦争直後の宰相たちの活写について、旧約聖書の指導者たち(モーゼ、ダビデなど)のイメージがあったのですか、と尋ねたことがある。答えは見立て違いで、シェイクスピアの登場人物なのです、というものだった。
それを頭に置きながら、五百旗頭さんによる2月の日経新聞の連載「私の履歴書」を読み進めると、氏はたしかにシェイクスピア作品への愛着を語りつつ、そして人生で出会った恩師や政治家たちが事態に立ち向かう姿に敬意を払っている。重要な任にあったとしても、危機を前にすれば人はうまく立ち回れないこともあるものだが、それぞれの人の中に誠実さを見出そうとするところに、氏の人間の温かさが感じられる。
懐の広い五百旗頭さんは、専門分野だけでなく、思いがけない縁から活動の幅が広がっている。自ら直面した阪神大震災から始まり、東日本大震災復興構想会議議長を経て、熊本での震災での役割へと続く、危機を乗り越えるリーダー役は見事なものだった。冷静で注意深い手綱捌きは防衛大学校校長時代にも発揮されるが、責任感ある武官たちの人格に尊敬の念を抱くところも素晴らしい。人間観察は細かく、かつ謙虚なのである。
総じて、権力者に対しへつらうところはないのは、専門の道に進むまでの時期に思想(あるいは信仰、倫理)の体幹が鍛えられているからであろう。恩師は、学問を究める道は厳しいこと、真実とは自らの手で確かめるべきこと、いかなる苦境でも先には希望があることを、語りかけていたのだ。このような教えは、さまざまな場で次の世代にしっかりと受け渡したいものである。それが、日本が世界の中で生き残るための力になるのだから。

佐野吉彦

「占領期 首相たちの新日本」(講談社学術文庫)

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