建築から学ぶこと

2006/10/11

No. 53

秋の語感、建築の語感

この季節は寒露から霜降(そうこう)、程なく立冬へと続く。秋が静かに深まってゆくこの日々に、微妙な遷移をあらわす見事な日本語が用意されていることにつくづく感心してしまう。それは、その日の気温や湿度、肌への当たり心地までも含んだ語感。感興をもたらす豊かな内容がある。もともと、季節がこのように細分化されて定義されているのは、生活上の必要からであった。これらの言葉によって刈入れや冬支度に移る節目を明示している。人間が自然ときちんと向きあうことで生き抜き、丹念に歴史をつくってきた経緯が美しい日本語に宿っているのだ。

その人間の活動のなかで建築は重要な意味を持ってきた。自然から取り出した材料で雨風をしのぎ、寒さから身を守ることから始め、人間の活動の拡大とともに建築にどんどん複雑な味を加えてゆく。木や石、土などは間断なく活用され続けた建築材料であるので、建築部位の呼び名の語感についても歴史の移り変わりが埋めこまれたものとなる。試みに_葺き、鴨居、笠木、水磨き、刷毛目仕上げ、と並べてみると、厳しい気候と上手に折りあいをつけてきた歴史が香ってくる。建築家はこうした自然素材とその語感をいかに使いこなすかに意を用い、腕を磨いてきたと言えよう。

近代を起源とするコンクリートやフロートガラスやアクリルなどの素材にも、同じように独特の語感が練り上げられた。今はコンクリート打放し仕上げという表現に荒々しさはない。それから先は軽くて美しい新素材が、時代の求めに沿うものとして意識的につくり出された。語感が先行している、のだ。近代に至って、材料は気候を積極的に制御し、機能を一層充実させるために選ばれるもの、そして美しくあるべきもの、という主張がはっきり生まれている。

確かに人間の能力は著しく進展して来ている。だが、こと自然と向きあって暮らすことにおいては、徐々にリアリティを失ってきているようにも思われる。秋はそのことを反省するにふさわしい季節かもしれない。

北米やヨーロッパの晩秋にはインディアンサマーという季節表現がある。小春日和に近い感覚だ。

佐野吉彦

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