2017/05/10
No. 572
土地を有効に活用するために、老朽化した建築を取り壊す。それは現代の日本によくある光景だ。だがそもそも、それらは二律背反なのだろうか。結果としていろいろな喪失や空白が生じてしまっている。近刊の「時がつくる建築/リノベーションの西洋建築史」(東京大学出版会)は、そのような日本社会に向けた重要なメッセージを含んでいる。著者・加藤耕一さんは「スクラップ&ビルドの新築主義がリノベーションより上位に見えてしまう価値観の方こそ、20世紀的建築観によってもたらされたわずか1世紀の流行に過ぎないのではないか」と述べ、一度立ち止まって考えることを勧めている。
建築をつくる方法を「再開発」・「修復/保存」・「再利用」の3つのアプローチに整理してみるなら、1番目は何もない敷地における建築計画であり、2番目については、ある時代の建築スタイルに引き戻す手法ということになる。これらは、ある程度答えの導き方が体系化されているが、近世に至るまでごく当たり前であった3番目の「既存建築物の再利用」については、一段低い位置に置かれたままだと著者は指摘する。おそらく「再利用」は、今後の社会にとって効果的である。既存の建築物にある事情をふまえながら、その巧みな活用を考えることは、地域景観の継承、その土地の文化の共有、産業構造転換への対処、効率的な建築資産活用などといった多くの観点から見ても、現実的な選択肢と言えるのではないか。
いわば、この本は「再利用」にかかわる基礎理論書である。西洋の中世にあった「再利用」をめぐる道筋を例証しながら、日本が建築技術を習得・推進する上で、都市経営に取り組む上で、発注者・受注者双方に抜け落ちていた認識をきれいに補う役割を担うものである(ちなみに、アジア各地においても有効だ)。最後に「敷地ではなく、既存建物が新しい建築のスタート地点である」と締めくくるところは戦略的である。まずは3つのアプローチを等価のものに引き上げることが価値転換の節目となる。平行して、現代の設計者は大いに奮闘し、好ましい再利用事例を積み上げてゆくべきであろう。