建築から学ぶこと

2011/10/12

No. 297

先を見通す、現実を引っ張る

スティーブ・ジョブズ(1955-2011)は多くの画期的な成果を残したが、時代の空気が求めるものを先取りしてかたちにする役割を果たしている。建築設計者の思いにも、彼はきちんと響きあうことができた。建築設計におけるイノベーション、あるいは建築の現代史を振り返るときに、傍らにいるその存在は大きかったと思う。彼のいない今後、建築はどのように変わってゆくのだろうか。

いま、建築のプロフェッショナルがどうあるべきかについて、その視座や議論がますます広がってきている。一方で、これまでの経過をただしく見ておく必要もあるだろう。UIA2011東京大会(第24回世界建築会議)開催直前の1ヶ月のあいだ、準備に忙殺されながら、速水清孝著「建築家と建築士 法と住宅をめぐる百年」(東京大学出版会2011.8)を読み進めていた。いまこの時期に読む意味があると感じたからである。戦前にあった建築士法制定運動と、法定の資格誕生(1950)に至る経緯の真実は広くは知られていない。著者はそこを解き明かしている。この資格は決して妥協ではなく、行政内の技術者として多様な経験を積み、法制定を推進した内藤亮一の執念の思いをこめて出発した。日本の建築の質の確保が託されたのである。そこには大量の住宅の質の確保が視野に入っていた。

一方で、「設計者の法」を必要とする空気は消えることはなく、改正建築士法(2006)に至って、建築士法は設計者の法としての色あいに染まろうとしている。それですべての懸案が明らかにになったのか不明だが、この法の今後を論じるおりに、この本は正しい議論のベースを提供するであろう。おそらく法律とは単なる現状追認ではなく、その時代の課題を越えて理想を目指すものでなくてはならない。本にある興味深い事例に、1970年代まで制度としてあった当時の建築代願人(建築代理士)たちが建築士法設立とともに技術者としての意識を大きく高めた事実が紹介されている(かれらはその後建築士事務所協会の前身となった)。理想は現実を引っ張ることができるのだ。

佐野吉彦

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