2012/08/01
No. 336
上野の森にある東京国立博物館は、美術を中心とした有形文化財の収集保管・展示・調査研究・普及といった幅広い分野で日本をリードする存在であり、今日も積極的な活動が継続している。この敷地内には、本館を中心に置きながら、さまざまな博物館棟が建設されているが、それらは博物館活動の充実した歩みと重なりあうものと言えよう。中央にある本館(1938、渡辺仁)、左手の表慶館(1908、片山東熊)といった戦前の傑作に連なるように、東洋館(1968、谷口吉郎)、平成館(1999、安井建築設計事務所)、法隆寺宝物館(1999、谷口吉生)といった棟がゆるやかにネットワークされる。いずれもその時らしい知恵と創意が盛り込まれるだけでなく、成果としての建築群は、上野の森と調和した景観形成に寄与している。
このうちの東洋館はアジア諸国の有形文化財を取り扱う部門であり、安井建築設計事務所は、その改修の設計監理にかかわっている。このかけがえのない社会資産の価値を時代に則したものとするために、耐震性の確保や多様化する利用者の便宜、魅力的な展示を支える建築性能の向上などを目標とした。現代の技術を盛り込みながら、東京国立博物館が築いてきた建築の伝統にデリケートに連なる意識で臨んでいる。
われわれは現在、東京国立博物館・黒田(清輝)記念館(1928、岡田信一郎)という小ぶりな棟の改修にも携わっていて、上野の森とは関わりが続く。そういうこともあって、ル・コルビジェや前川國男(*)らも傑作を残してきたこの<知の森>を訪れる人が、美術の価値の発見・評価のみならず、近代日本の景観形成と継承についても関心を深めていってほしいものだ。建築設計者にとっては、このコンテクストのなかでただしい解を導く使命を託されている場所と言えるのではないか。
*前川國男設計による東京都美術館(1975)は、岡田信一郎設計による旧館(1926)の後継となる。