2023/11/08
No. 892
書店の一般書のコーナーで見つけたので、プロフェッサー・アーキテクトによる、裏付けのあるエッセイだったとは読み始めて気づいた。ユ・ヒョンジュン著「空間の未来」(CUON, 2023)は、韓国にある都市問題を丁寧に扱いながら、地域事情に留まらない普遍的な解を導いている。たとえば、韓国のマンションの事情は、日本と共通する部分があるが、異なる発展を遂げている面もあり、そこにある課題への切込みは興味深い。また、集権型の社会構造が解体されてゆく時代に、どのように学びの空間を作るかを論じている。さらに、眼前にある公園をいかにうまく使いこなすかは都市の住み手の自由度を高めると考える。とりわけ線形の緑地には多くの可能性があり、交通インフラや漢江で地域分断されがちなソウルだけでなく、DMZへの適用によって、遮断された2国家の未来をデザインすることができるのではないかと提言している。
著者は韓国のこれからを語りながら、読者がそれぞれの地にある課題に意識を向けさせる。福嶋亮大氏は、朝日新聞の書評で<この20年間に「韓流」が日本を席巻した一方、韓国の知識世界への関心は薄いままだった。だが、両国に共通の文化的地盤ができつつある今、それを知的な交通に活かさない手はない。本書を機に、韓国の優れた人文書が紹介されることを望む>(10月28日)と述べている。そこに始まって、東アジア発の共同提言がどんどん生まれてゆくことも期待したい。このさりげない装いの本の持つ意義は大きそうである。ちなみに、著者がさらりと述べる「建築はデザインで容易に社会的価値を作り出せる分野だ。これは(政治家が世界を見る時のフレームと違って)かならず誰かの犠牲が必要となるゼロサムゲームではない」というくだりは重みがある。建築家同士の知的交流もさらに高めたいと思う。