建築から学ぶこと

2020/03/25

No. 714

社会課題と向きあった人たち

先ごろ、イタリアの建築家ヴィットリオ・グレゴッティ(1928年生)が、今回の感染症がもたらす肺炎で亡くなった。彼は<建築の地理学>を標榜し、「建築がつくられる環境は、それ自身の歴史をたどるところから成り立っている。そうした<地理学>が、歴史の象徴を凝固させ、そこに上書きする方法であるなら、建築プロジェクトとは変形の過程の中でコンテクストの本質を顕かにする作業である」(*)と述べている。都市にあるさまざまな次元で、多様な切り口を示して見せた人である。都市計画も建築も、展示空間も、そして手塩にかけた雑誌「CASABELLA」においても、ひとしい熱量で取り組んでいた。そうしたマルチな姿勢は、まだ20代だった私を刺激した。近代社会の課題にまっすぐ切り込んだグレゴッティが、現在社会が直面した課題の犠牲になったのは皮肉である。
さて、グレゴッティの思想の基盤となったのは、1964年のミラノ・トリエンナーレでの、年齢の近い作家・記号学者ウンベルト・エーコ(1932-2016)や作曲家ルチアーノ・ベリオ(1925-2003)らとの協働であるようだ。そのベリオによる「シンフォニア」(1968)が、3月のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会のプログラムに組み込まれていた。私はいつも、ベルリン・フィルのコンサート映像配信(デジタルコンサートホール)を登録して聴いているのだが、この演奏会は感染症のために無観客公演だった。そういう背景で、指揮サイモン・ラトルから特別に丁寧な解説がなされ、この曲が近代音楽のシニカルなコラージュであり、作曲された時代の痛切さが宿るものであることをよく理解できた。なお、演奏会のもう一曲はベラ・バルトーク(1881-1945)の「管弦楽のための協奏曲」(1943)で、こちらについてラトルは、作曲を委嘱した指揮者クーセヴィツキ―と、晩年のバルトークの細菌感染を救ったペニシリン(1928年発見)がなければこの曲は生まれなかった、と語っている。これもなんだか皮肉なプログラミングなのだった。

* PROCESS Architecture48 「グレゴッティ・アソチアーティ」より
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佐野吉彦

Vittorio Gregotti <Photo : Niccolò Caranti / CC BY-SA (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)>

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