建築から学ぶこと

2019/07/17

No. 680

戦災と、その後の長い道のり

1954年に生まれた私には、空襲で灰燼に帰した風景の記憶はない。まだ日本は豊かではなかったが、物心ついた時には、街は復興して平和だった。私を戦時につなげるものと言えば、防空壕の跡や、伊丹に駐屯していた米軍、三ノ宮駅前で見かけた傷痍軍人の姿ということになるだろう。それほど時が経過していないはずなのに、戦争は過去のものだった。記憶に残っている、核実験・60年の安保改定・ケネディ暗殺というニュースが大戦を含む現代史の流れのなかでひとつながりのものと理解したのはもう少し先だった。
さらに、原爆が投下された広島や長崎を訪れたときには、両都市ともすでに都市の活気と美観を取り戻しており、それらと、記念館での悲劇に関わる展示内容とは大きな落差があった。実際のところ、両都市の復興は時間をかけて困難を克服してきたのだが、その歳月には何があったのか。長崎の「その日」と「それから」をじっくり追いかけた近著が「ナガサキ 核戦争後の人生」(スーザン・サザード、みすず書房2019)である。8月9日の長崎の様々な場所で死と直面した若者たちは、その後の苦闘の途上で希望を失わず、やがてその日とそれからの記憶と教訓を人々に語る役割を担う。著者は、彼らが向きあってきた生々しい場面に細やかに迫りながら、あたたかみのある筆致でその人生に寄り添ってゆく。
戦争がもたらすものは、その日その場の悲劇に留まらない。地域のその後に重い負荷をかけるのである。逆に時が過ぎた時期だからこそ、その理解を得ることができる。米国人であり、1945年には生まれていない著者だからこそ、責任を持った著述ができたのではないか。なお、本の中に、1981年に長崎を訪ねたローマ教皇ヨハネ・パウロ2世による「戦争は人間の仕業であり、戦争を仕掛ける人間は和解をなしとげることもできる」との言葉が紹介されている。この本は、戦争がもたらすものの実質を正しく捉えるところから平和を目指すアクションが始まるというメッセージを伝えてくれる。

佐野吉彦

深々と味わうべき本。

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