建築から学ぶこと

2012/01/18

No. 310

その見識が向きあってきたもの

元号が平成に改まって以降、昭和天皇にかかわる一次資料、すなわち同時代の記録が広く知られるようになり、この天皇の実像に迫ろうとする試みが現れてきた。古川隆久著「昭和天皇」(中公新書、2011年度サントリー学芸賞受賞)がそれである。この君主がどのような思想形成期を過ごし、それを基盤とした人格が昭和の難局とどのように向きあったのかをたどっている。即位前に東宮御学問所で学んだ諸科目を通じて、普遍的でバランスの取れた天皇像について自らの考えをまとめたこと、それが基盤となった。皇太子時代の渡欧で訪れた英国では、国王ジョージ5世とも中身のある懇談の場を持つなどし、立憲君主制における君主像について考えを深めたようである(ちなみに、5世の次男が映画「英国王のスピーチ」の主人公・ジョージ6世)。

かくして、天皇は旧憲法に謳われた道徳的な側面にしっかり根を下ろすこととなったが、国家危機においては、やはり基盤に備わっていた「協調外交の精神」を明らかにしながらも、事態収拾のためのリーダーシップを発揮することはなかなかできなかった。しかしながら、昭和天皇のパーソナリティは、歴史の移行にあたって大きな意味を持った。天皇にある人間的な誠実さは国際的にも知られており、それが戦後に天皇制が維持されるひとつの理由となったとも考えられる。

なお、天皇の住まいである吹上御所は1961年、新宮殿は1968年に落成し、終戦の年からずいぶん時間が経っている。明治天皇が政府の財政難を配慮して宮殿の完成を明治21年まで延ばした経緯を、昭和天皇はふまえたと、この本には記されている。優れた建築群も、関東大震災や度重なる空襲による惨禍も、一連のものとしてその眼で見つめ続けてきた天皇。建築における見識もただしく涵養されていたのではと推察する。

佐野吉彦

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