建築から学ぶこと

2009/02/18

No. 169

心優しさをめぐって

個人的な印象だが、以前と比べて、駅や列車内での弱者への譲りあい・助けあいは自然に行なわれているように思う。私の学生のころより、若者は親切になったと感じるのだが、どうだろうか?たとえば施設のバリアフリー化が進んだこと、法律の整備や福祉に関わるキャンペーンが浸透していることも背景にあるだろう。手を貸しやすい状況になってきたと思うが、戦後教育のなかの良識というべきものは自然に身についていると、私は前向きに捉えたい。すべての人心が改善されたとは言えないが、携帯電話のマナーが確実に定着しているようすをみると、日本人と日本社会の「学ぶ力」は捨てたものではない。

重要なのは、ここから先である。譲りあい・助けあいだけで円滑な社会が完成するのではない。それだけでは社会における弱者のポジションは変わらないだろう。初めに区分線を引いてからの心優しさでは、どこか基盤が脆弱である。いまはまだ「男女共同参画社会」ということばをまだ使わねばならないほど、性差についてもこれを活かすところまで日本社会は成熟していない。まして、さまざまな障害を持つ人たちは大切にされても、戦力として十分期待され、活用されているとは言えないのである。こうした多様さを国の力にできてこそ、日本は「生き残る国」となるはずなのに。

その実現を、教育機関だけに委ねてはならない。家庭と学校、地域社会、企業が同じような課題を共有し、認識が不連続にならぬようにしなければ、試みは断片に留まる。実際、企業が弱者をどのように適切に戦力化するかは、あまりよく考察されていないし、ある地域社会にどのようなシステムがふさわしいかも、みな手探りで考えている段階である。ノウハウの相互乗り入れは積極的に行なう必要があるだろう。国が進める、環境・バリアフリー・耐震性向上といったハード面充実の施策は、そうした中味を支えるものとして位置づけられるものである。

佐野吉彦

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