建築から学ぶこと

2006/08/30

No. 47

建築家の旅、その痕跡

前回の文中で紹介した、司馬遼太郎「街道をゆく」の一冊<オランダ紀行>、沢木耕太郎「深夜特急」の<ペルシャの風>の章に、それぞれ突然建築家の名前が登場する。1989年のオランダは池田武邦氏、1970年代後半のイランに現われるのは磯崎新氏である。作家には唐突な出会いであっても、その当時の、あるいはその後の彼らの仕事の軌跡にきちんとはまった場所で現われるのが興味深い。建築家の旅は、その後の活動に具体的な影響を残しているようだ。ひとりの人間が旅を通して経験してしまったものは、もはや拭い去ることができないということを物語っている。

その逆ベクトルと言うべきか、海外の多くの建築家もまた日本への旅を志した。日本に滞在して「日本美の再発見」を著したブルーノ・タウト、日本建築のエッセンスを吸収したと思われるフランク・ロイド・ライト。その他にも、日本の地を踏んでいなくとも、数多くの建築家に日本建築は影響を与えている。

ちなみに、日本の伝統建築の美質は、風雨とデリケートに向きあうところにある。壁は内外を隔てる機能が割り当てられるだけではない。壁の外側にも雨がかからぬよう、注意を払われている。音についても敏感である。障子の向こう側の気配は、聞こえるか聞こえないかの微妙な均衡の上に生じているのだ。日本建築における、建築部位に対する考えかたはとても多義的なのである。こうした世界に関心を持った途端、異国の建築家の考えから日本の影響は拭い去ることができなくなるであろう。

そうやって旅を通じて建築家の中には新たな着想が芽生える。一方で、扱う技術は建設される土地の事情に制約を受けるもの。現代は技術の移出が著しく容易になったとは言うものの、安定した技術レベルに達するまでは、通常可能な構法を用いることが基本である。優れた建築を支えるのは、土地にとらわれぬ並外れた着想力。そして都市に根ざした安定的な構法。そのふたつである。

佐野吉彦

アーカイブ

2024年

2023年

2022年

2021年

2020年

2019年

2018年

2017年

2016年

2015年

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

2009年

2008年

2007年

2006年

2005年

お問い合わせ

ご相談などにつきましては、以下よりお問い合わせください。