建築から学ぶこと

2012/06/20

No. 330

登ってみたらわかったこと

私には3000m級の山々を登りつめていた時期がある。そこには登攀に手間のかかるプロセスに妙があり、少しずつ身体が変化してゆくのを実感できる楽しみがあった。雨が降り、風の荒れる瞬間に向きあうのも自分のためになる気がしていた。先日、オープンした東京スカイツリーの展望台に登る機会があったが、そのような理由から、単に高みに達するだけでは特に感動が起こることはない。それよりむしろ東京スカイツリーは、エレベータに乗ればはじける笑顔と、降りれば湧きあがる歓声が印象的である。なるほど、建築あるいは工作物に人はこんなにシンプルに反応できるのだな、と思った。その意味でも完成の収穫はあるのだろうが、ほんらい、電波塔としての社会的使命を果たすことがより重要な施設であり、それを完遂した技術的努力については敬意を表したい。

ところで、六本木ヒルズの森タワーに出向くのにワクワクすることがあるのは、高さではなく、森美術館があるからだ。それにアカデミーヒルズやテレビ朝日も含めてみれば、開業以来、文化を発信する努力は確実に継続してきた(同じく、丸の内にもその意識はある)。それがなければ経済性重視の{オフィス+商業}開発に留まってしまっただろう。タワーを含む再開発は、永らく地味だった押上周辺を明るい表情に変化させているから、いまのところ地域のツボはうまく押せているようだ。ただ、この地には水害や戦災を生き延びた文化が潜在的に受け継がれているはずだ。そういう伝統に連なってゆく「文化の深耕」も必要だろう。

その面からすれば、開業をめぐる動きの中でどうかと思うのは、押上駅や鉄道路線が一斉に東京スカイツリーの名を冠するようになったことだ。地域の歴史の証人であるべき駅名を、開幕イベントのノリで上書きしてしまって後悔はないか。

佐野吉彦

アーカイブ

2024年

2023年

2022年

2021年

2020年

2019年

2018年

2017年

2016年

2015年

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

2009年

2008年

2007年

2006年

2005年

お問い合わせ

ご相談などにつきましては、以下よりお問い合わせください。