建築から学ぶこと

2010/03/03

No. 219

道半ばを楽しむ

この時代、社会を吹き抜ける風がどこを向いているのか、簡単に感じ取りにくい。それを可視化するのが建築をつくる仕事ということになるだろう。社会に漂う課題に、建築のプロフェッショナルがかたちを与えることによって解決するというのは、今も昔も変わらない。おそらくプロ自らがそう信じることがなければ、建築設計という仕事は2000年越えて続いてはこなかった。

いつもそのようなことを言っているのだが、この2月、京都工芸繊維大学の修了制作と東京理科大学の卒業制作の2つの講評会に講評者として加わった。そこで、彼/彼女らも同じことを信じているようだな、と考えていた。あとは、校門を出てもなおそれを信じ続けることができるかどうかである。

これらの大学に限らないが、このところの造形傾向として理知的な作風が目に付く。工学部の学生として考えれば、学究的な視点を重んじたアプローチは間違いではなく、私とは世代の近い教員がそうした傾向を是としている可能性もある。ただし、造形で勝負をつけるには、賢さを乗り越える背筋力も必要であろう。覚悟して取り組むことで、かたちは時代を転回させることができるはず。

こうした、専任教員以外も加わる講評というかたちは、その場に居る者にとっては充実感があるものだ。議論によってお互いを接続させ、世代と立場を越えて建築を考えるというありかたは、私の世代の教員が望んだことなのではないか。講評者は皆、若い世代の開花途上のアイディアを、自分の問題と共振させて反応しているのは、ある意味ほほえましい。

なお、京都工芸繊維大学では、卒業制作や修了制作の作品展と同時に、大学院1年による「京都市役所という建築」展と公開シンポジウムが開催された。近代建築の佳品である京都市役所をどう活かすか?という12の提案。それらに社会がどう反応するかという手ごたえを感じる、これも興味深い仕掛けだった。

佐野吉彦

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