2023/09/27
No. 886
「スヌーピーがいたアメリカ」(原題「Charlie Brown’s America」ブレイク・スコット・ボール、慶応義塾大学出版会2023) は、Peanutsの作者チャールズ・シュルツ(1922-2000)が、同時代が抱えていたテーマとどう向きあっていたかを明らかにする。それは荒ぶる風の中で立ち尽くしていた、というべき姿でもある。1950年代のキャラクターたちのまわりには宗教的テーマがあり、やがて冷戦からベトナム戦争の重さに取り巻かれ、人種や環境をめぐる分岐点に立ちながら、Peanutsは複雑な色合いを帯び、味わいを深める。そして、そこにいる子供たちや動物たちがかかえる悩みや社会的抑圧、一方にある毅然さに、いろいろな世代が共感を持って見つめてきた。
訳者今井亮一氏はあとがきの中で興味深いことを書いている。じつは、環境問題が大きくなった1970年代前半のアメリカは懐疑の季節だった。この国が進めてきた自由市場資本主義の文脈では、環境危機を乗り越えられないかもしれないと皆が感じていたのだ。時代の不安はPeanutsのキャラクターのふるまいのなかにも投影されている。その後SDGsの方法論が資本主義経済と折り合いをつけることになるのだが、今井氏は、もしかして資本主義とは違う選択肢での環境問題解決へ向かう可能性があったかもしれないと記す。そこに着目してゆけば、Peanutsを通してアメリカの現代史の本質に迫れるのではないか。
個人的には、チャールズ・シュルツが亡くなったのがすでに23年前というのが信じられない。Peanutsが紡ぎ出した言葉が現代にある悩みの深さと通底しているからか、今もそのキャラクターたちは国境を越えてもイキイキとしているからだ。シュルツの10歳下の作曲家ジョン・ウィリアムス(1932-)の音楽(スター・ウォーズなど)にある壮麗な美しさが国境を越えてきたのとは違った意味で。