安井建築設計事務所
安井建築設計事務所
2025/10/01
No. 985
スポーツでもミュージシャンでも、パフォーマンスの時間は限られている。当日に限って言うなら、そこで最高強度を導き出すには、本番前のウォームアップと、インターバルでの切り替えが重要である。先般開催されていた世界陸上では、ウォームアップのサブグラウンドが国立競技場近接で確保できなかったは運営上の課題だったが、そうした場所は身体と静かに対話し、次へのなめらかな移行を用意するものである。自分の経験から言えば、荒川河川敷でのフルマラソンのスタート位置につく前に、近くで河川敷の温度や風を感じてゆっくり流す時間帯は精神的な安心感を与えてくれていた。
世界陸上では、選手それぞれが場をうまく確保しながらインターバルの時間をマネジメントしていたと思う。私は会場で観察していたのだが、跳躍競技金メダルのニコラ・オリスラガース(豪)は、自分の跳躍を終えるとすぐにノートを拡げて何かを書きつけていた。それはベンチに戻ったマット・マートン(元阪神タイガース)が情報の整理のために自分のノートをめくる仕草とよく似ていた。しかし跳躍の場合、次の出番までの時間はまちまちである。ニコラ選手の習慣はその不揃いを地ならしし、なめらかに流れをつくる手順であるように見えた。ほかには、ひたすら余計な動きを取り除く選手がいたり、音楽に身体を委ねている選手がいたり。それらは各自の決まりごとだが、競技の結果とは別にしてじつに興味深いところである。
室内での集中が求められるミュージシャン、あるいは高度な実験に取り組む研究者、また緊張感を持って学ぶ生徒たちも含めて考えると、彼らのウォームアップやインターバルでの様々な習慣を受けとめ支えるサードプレイスの改善はさらに必要かもしれない。逆に、このような場所をうまく使って、新たな自分なりの流れを構築するよう意識させるとよいのではないか。
ニコラ・オリスラガースとノート