2026/01/21
No. 1000
建築学科ではさまざまな学びのなかで、具体的な条件・社会課題を建築のかたちによって解き切る、設計演習のプロセスを重要としてきた。往々にして二律背反する前提を乗り越え、技術を適切に組み合わせ、快適な場を生み出す修練は、建築設計・施工・行政にまたがる幅広い進路で役立つ基礎力を育む。それは、日本のような工学部建築学科とは異なる海外の建築教育システムでも通用する知恵である。また昨今、工学部の様々な学科や、デザイン経営といった文理にまたがる新しい専攻でも、設計演習が人をたくましく育てる手ごたえを感じているようだ。
私は、建築分野が取り組んできたことには、時代も領域も越える普遍性が備わっていると考える。特筆すべきなのは、様々な矛盾を放置せずに、きちんとつなぐ作業を使命としているところである。実際、いま目に見えている、具象化された建築にはそれぞれ異なった背景や事情があり、課題を克服している。まず、多くの人にその経過は知ってもらう必要はあるだろう。そもそも人は現実の困難に向き合いながら、新たな価値を導き出し、希望や連携を形づくるところに関わるべきものである。そうした、冷静さと一歩踏み込む勇気を持つべきとするのが建築の思考であるから、建築の専門家がその普遍性を備えるために修練してきた経験は伝えたいと思う。
「建築から学ぶこと」の連載は、2005年の9月にガスビル(大阪ガス本社)を語るところから歩み出し、ほどなく構造計算書偽装事件があり建築士法改正が続き、東日本大震災はじめ自然災害、感染症流行にも遭遇した。それぞれ対岸の火事とは思えないもので、当事者になる経験もした。そのなかで得た知見を手掛かりに建築を成立させる背景を読み解き、建築がもたらす希望について語って1000回に達した次第である。なお、政治情勢にほぼ言及はしないけれども、当節の「力による平和」には異論を申し立てたい。それは建築の思考に基づいていないと考えるからである。
知りあい、乗り越え、手を携える。