2026/03/04
No. 1006
阿川尚之さん(1951-2024)の本はどれも粒ぞろいで、素晴らしい。そのうちの近刊「報せはすべてよいー阿川尚之自撰文集」(千倉書房2025)は、著者が晩年にまとめた最後の著作である。そこには回顧的な語りはなく、人生の最後まで明晰に、みずみずしく事象を捉え続けている。タイトルは聖書の言葉であり、若き日に卒業式で聞いたこの言葉をずっと心に刻みながら、人生で立ち現われる新しい風景やできごと、人との巡り会いを、自らの糧として、自らが変わるための兆しとして捉え、歩みを続けてきたのである。
阿川さんのアメリカに向ける温かなまなざし、注ぐ愛情は身体まるごとと言ってもよいくらいだが、それはまたこの国の根幹を形づくった米国憲法への敬意でもある。それは米国に長く暮らしたとか、米国憲法史を専攻したからという単純さではない。この憲法とそれに基づく制度には、人を前向きに動かすダイナミズムが宿っている。そこには世界に通じる普遍的な精神があり、州と連邦の役割を見定めながら憲法を運用してきた歴史の中には学ぶべき知恵があると阿川さんは考える。この2月、米国大統領は議会同意のない空襲を行った。一方で、米国連邦最高裁は大統領が発動した相互関税を違憲とした。日本では想定外の時期に衆議院選挙があった。これらの中では実りある対話を探すことのほうが難しかった。こうした動きを阿川さんならどのように評しただろう。
本来、ひとりひとりが持つ夢の力は果てしない。だから誰かに夢を預けてしまったり、短絡的な言葉についていったりするのはもったいないことだ。阿川さんは詩人や判事や家族の生きざまを例に引いたりしながらそう語る。もっと自分自身の可能性や柔軟性を信じなければ、というメッセージを私たちに問いかけている。
阿川さんの詩情と信念