2026/04/01
No. 1010
広島は太田川の河口に広がった街で、市内を移動するたびに、分流しているいくつもの豊かな流れを越えることになる。1945年にすべてが灰燼に帰する前の広島は、こうした水路は生活を支える重要なインフラとなっていたようだ。現在、かつて使われていた雁木と呼ばれる船着場をいくつも見ることができる。戦後の広島は、中区の京橋川と元安川に挟まれたエリアが賑わいの中心となって発展してきた。県庁も市役所も広島城も、商業の中心である紙屋町と八丁堀もこの中に含まれている。でも、賑わいは川によって遮られていたかもしれない。
戦後長らく、河川空間は都市の主役ではなかった。東京や大阪の掘割は高速道路用地に充てられたりした。21世紀に入ってからは河川の活用や景観整備が全奥的に進み、広島でも、受け継がれてきた賑わいを、川が効果的に媒介することになった。それは広島の景観に奥行きを与え、面白くした。中心地区から橋を二つ渡った広島駅周辺ではこのところ集客機能が厚みを増し、広島電鉄市内線(路面電車)が新しい広島駅ビル「minamoa」に乗り入れた効果もあって、街が有機的につながってきた。駅前の再開発ビル「エールエールHIROSHIMA」の3フロアには広島市立図書館などが移転してきている(この設計に携わった)。
ほかに広島駅近傍には「Mazda Zoom-Zoomスタジアム広島」(野球)、中心地区のスポーツ施設ゾーンには「エディオンピースウィング広島」(サッカーなど)があるが、広島ではいろいろなところに人流が生まれ、かつ循環するようになった。両スポーツ施設の設計陣には仙田満さんの名前があるから、これは仙田さんが標榜する<遊環構造デザイン>が街に広がったことを示しているのだろうか。人が動けば心も動く、そんな春である。
広島の魅惑的な水面