2026/05/20
No. 1016
ある場所での災害経験から、その地に宿る課題を掘り起こし、また普遍的な知恵を抽出することができる。たとえば、東北地方における2011年の東日本大震災からは、海といかに共存するか、地域をいかに自律的に再生するかなどのテーマが導かれるであろう。一方で、この地震は、太平洋の反対側にあるチリなどにも津波被害をもたらしていた。また、北米には多くの漂着瓦礫が到来し、そのうちの、神社の笠木を返還する取組みが時を置いて行われたりもした。
逆のベクトル、たとえば1960年のチリ地震による津波は、イースター島のモアイ像をなぎ倒し、時間を置かずに日本に到達し被害をもたらしたという。そのモアイは日本の資金によって再生された。内尾太一・著「津波人類学―海を越えた東日本大震災―」は<津波そのものをエージェント(行為主体)とみなすことができるとして、それが同時に媒介としても機能し、様々なモノや生物の太平洋横断的な移動を促進していた>と記している。人の交わりが日常的にある中で、災害とは緊急支援や現状再生だけではなく、人が動き、離れた土地が変容する大きなきっかけとなっている。
津波は一瞬のことではあるが、長期的には対岸の経済を結び付け、定常的交流につながっていることから、同著は、この2つの災害は連続的にとらえることを提唱している。米国では震災起因漂流物の研究分野があり、その生態系への影響の分析もなされている。それは時に招かれざる客になることもある。将来の災害リスクマネジメントの点からも、また海という資源を上手に活かすためにも、災害を共有してきた太平洋圏が協働し続ける意義はあるのではないか。内尾氏は、「被災圏」というキーワードを提示する。私は、日本の近海でも多国間で冷静に影響分析を共有するのは有効だと考える。
未来へつなぐ視点。