建築なんでも相談

建築から学ぶこと

2026/06/03

No. 1018

伊予に皐月の風が吹くー内子にて

私の祖母の家系は明治以前、現在の愛媛県大洲市新谷(にいや)に居を構えていたらしい。戸籍で見て知っているだけで、特に訪ねる用向きはない。過日、内子の街を初めて訪ねたが、この街・内子町は松山市から南西を見て、新谷のすぐ手前、並行する山並みに挟まれた盆地を中心とする。ちなみに、そこから山間を分け入ったところが大江健三郎の育った大瀬である(現在は内子町)。
さて1982年、内子の八日町護国地区の約600mの街並みが国の重要伝統的建造物群保存地区になった。四国で1番目、全国で18番目というから早期の指定である。穏やかな瓦葺きが連続する中で、豪壮な大村家住宅、本芳我(ほんはが)家住宅、上芳我(かみはが)がさらに重要文化財に指定されている。内子は木蠟生産で栄え、妻面の上部を飾る懸魚(げぎょ)や、通りに面する虫籠(むしこ)窓、海鼠(なまこ)壁など,豊かさを漂わせ、成功を誇る要素が加わっている。また、各住宅の間には細い道と水路があって、このセットを当地では「せだわ」と呼んできた。京都における「図子」「辻子」、ニューヨークの街にある「レイン(Lane)」と同じように、細かい街路は街のいいアクセントとなり、印象付けのための脇役となる。
また、地区の駅寄りに、芝居小屋であった内子座(六日市商店街、重要文化財)が1916年)に誕生している。福岡県飯塚市にある嘉穂劇場(登録有形文化財)が1921年であることが思い浮かぶが、こうした集客施設が広域から人を集め、街の活力を保つ役割を果たしてきた。現在の内子は、地域の人たちの努力によって美しい街並みを受け継ぐことに成功しており、インバウンド客を含めて賑わいを見せている。これから先は木蠟生産のような、自然を活用した新産業の花が咲くことを楽しみにしている。

佐野吉彦

内子の青い空と白い壁

アーカイブ

2026年

2025年

2024年

2023年

2022年

2021年

2020年

2019年

2018年

2017年

2016年

2015年

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

2009年

2008年

2007年

2006年

2005年

お問い合わせ

ご相談などにつきましては、以下よりお問い合わせください。