2026/06/17
No. 1020
建築にはそこにしかない形態を目指す動きと、普遍性を持った形態を応用する動きの2つがある。古代にあって、王や皇帝が中枢にいれば固有のかたちが顕れる。だが、権力者であっても、支配する民がその眼下で安定的に暮らすことは重要だろう。やがて道路システムや共同住宅や貯蔵庫のような普遍的な形態は効率的視点で整備が続けられてゆく。そして、権力そのものが空白になってゆき、宮殿は観光名所でしかなくなる。
歴史の古い都市においては、そのような、権力の残滓と時代に応じた合理性追求が並存し、そこに現代の主役の影が混じってくる。そう整理しながら台北の街について眺めてみると、ここの発展は18世紀末の淡水港の開港を契機に商業・貿易・文化の中心地として繁栄した「大稲埕(だいとうてい/ダーダオチェン)」地区から始まっている。その後の台北は、この地区に今も健在の小さなグリッドを軸に使い、広域の大きなグリッドに展開していった。それは日本統治時代の都市計画でもあったが、今日の台北の街は広がりを獲得しただけでなく、とてもフラットにできている印象がある。固有性を普遍性にうまくスイッチできた例というべきだろう。現在の台湾は、民主主義が機能している国と評されることがある。それは戦後史の過程で培われたもので、都市計画に起因するものではないが、この普遍的な都市システムがそれを育てる土壌となったかもしれない。
ところで、今回訪問の主目的はロータリー・インターナショナルの大会への参加であった。20世紀の冒頭、シカゴにあった都市課題を解決したいと考えた人たちの連帯は、時を経て、世界に遍く発現する社会課題に立ち向かう行動につながった。日常的には細かいコミュニティに分かれているロータリークラブ活動は、テーマが明確になると、補助線が引かれてお互いが既知ではない同士で連携が始まるところが面白い。ソフトな社会システムと、ハードな都市システムは、基軸となる思想が明瞭であれば味わいある働きをするものだ。
台北の古い街角にて。