2026/10/28
No. 1037
国内外を問わず、都市の近代はいつも災害と隣りあっている。たとえば河口に位置する大阪は、大和川を付け替えたあと、1885年の淀川流域氾濫を機に現在の淀川が整備され、水の害を取り除いてきた。大阪の中心部は大きな地震には遭っていないが、戦時空襲は街をなめつくした。それとともに幾度となく大火に襲われ、1909年のいわゆる「北の大火」は、堂島から東へ天満宮に至る約37万坪が焼失する甚大な被害をもたらしている。当時、これをふまえて発令された大阪府令建築取締規則は、のちに本格的な都市計画の法整備につながってゆく。戦後の千日前のデパート火災、法善寺横丁の火災も、教訓が法の是正を導くことになった。
さて、10月の大阪は恒例の「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪」(10月24・25日)の季節である。この季節には珍しい雨がちの週末であったが、モダニズム建築の名作公開があり、設計事務所や施工会社のオープンハウス企画も数がぐっと増え、世話をする側も訪ねる側も、いろいろな世代が街を賑やかにしていた。私は今回、先述のような大災害のすきまを生き延びた古い木造倉庫や蔵、宗教施設をいくつか訪ねる機会を得た。そこに大阪の河川や緑地が火の手を遮ってくれた経緯もある。と同時にそれは、営まれてきた企業や組織の活動が健常である証しでもある。これから先も、建築をいきいきと使いこなしてほしいものだ。
そう考えてゆくと、建築を訪ねることによって、建築の背後にある産業基盤や、都市のこれからの可能性を感じ取ることができる。この秋は大阪デザインウィーク2026も開催され、近い領域の催しを横つなぎすると、市民も観光客も、都市の理解がさらに深まり、大阪にある奥深い知恵に触れることができるのではないか。
ごま和田萬 萬次郎蔵(北区菅原町)